ふだん釣行を共にするのは、いまだにボートの仲間だ。もはや腐れ縁だ。
ムカムカする。
おまけに連中は、狭いのと、水に濡れるのを極度に嫌がり、いつもやや大ぶりのボートになる。で、乗っちゃうと、たしかにラク。快適。
...でも、違う。
カヤックで浮かんでいるときの海との一体感、充実感に比べると、どうにも、いまひとつなのだ。
しょうがない、釣り仲間では、アルだけがカヤックに心を奪われ始めているので、あと何度か押してみて、ムリにも買わせてしまうか。その後は各個撃破(笑)というのは、やはり安全面を考えると、どうしても二人以上、できれば4、5人が理想的だ。
ボートの経験が長いおれに言わせれば、装備や経験、気構えより、何より重要なのは、複数で出艇することだ。一人が何らかの原因でトラブルに陥っても、漂流することさえ許されれば、残りの者が何とかできる。
もうひと昔も前のこと、エンジンが故障したため、オールに切り替えたとたんに、クラッチが根本から折れちまったことがある。普段の整備がなってないということなんだろうが、一見してキレイで、腐食もほとんどなく、とても折れるようには見えなかった。海の上では何が起こるか分からない。昔の平水以上のボートに、緊急避難用として申し訳ていどに付属しているクラッチは、よくよく気をつけた方がよい。そのときどうしたかといえば、ロープの通らない小さなビス穴に釣り糸を何重にも通してオールを固定し、撓まないように、船縁とオールの間をタオルで締め上げ、そのハシを連れにしっかり握って貰った。そこまでしなければ、オールの支点を効果的に支持できず、水をうまく掴めなかったからだ。
普段は変哲もない、竿掛け変わりになっているバカげた金具が、これほど重要な装置だったとは、そのときあらためて思い知らされた次第だ。
とまれ、そんな応急措置で港外まで何とかたどり着いたものの、今度は釣り糸に限界が来て、少しづつ切れては伸びはじめ、使い物にならなくなった。
太いラインはそれっきりだったので、後は友人に並んで座ってもらい、まことに頼りないながら、カナディアンの要領で、ミヨシに向かって超微速で漕ぎすすんだ。
さて、もしそれが一人だったら、どうなったろう?
大変な迷惑を周囲に及ぼすだけじゃない、もし外房なら、遭難の恐れさえあったに違いない。
装備が重要なことは言うまでもないが、同行者の有無が占めるウェイトは、われわれが想像するより、はるかに大きいのだ。
またこれは同様に、カヤックツーリングにおいても言えることであろう。
暗岩に打ち込まれたケーソンの尖りによって突然生地が裂かれ、瞬時に進退の自由を失ったり、艇を転覆させられついでに頭部を打ち付けたり、波で一時的に浮き上がったダコツボロープの端に足を取られて水を呑んだり、アンカーや艤装の一部が海をただよい、近くを通るボートのスクリューに巻き込まれたり等々、じっさいに見聞したことのある、ゾッとするようなシーンがいくつも思い浮かぶが、いずれも、連れ立つ者さえいれば、命だけは助かる場合が多いというのは、想像に難くない。
まあそんなわけで、ボートの仲間から、少なくとも4、5人を引きずり込む必要を、強く感じているわけだ♪
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